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Ce que le jour doit à la nuit 昼が夜に負うもの

フランス映画 (2012)

2008年に出版されたヤスミナ・カドラ(Yasmina Khadra)の同名原作の映画化。翌2009年には、日本語に翻訳されているが、映画の方の国内上映はスルーされた。原作は413ページの大作で、映画も2時間42分の大作。少年期は、原作でも映画でもメインとなる青年期の描写の準備段階のようなものだが、約40分と長いので、それだけでも十分鑑賞に耐える。IMDbは7.8とかなりの高評価。映画の基本路線となるのは、①なぜ、アラブ人のユネスが、支配階級の一員としてフランス人社会に受け入れられたのか? ②ユネスが少年時代にオランで会った少女エミリーとの、“ハッピーエンドとなるはずの純粋な恋” が、なぜ、“実現不可能な夢” に変わってしまったのか? ③アルジェリアの独立戦争は、ユネスの3人の友人の人生にどのような影響を与えたのか? の3点。少年時代は、①に重点を置き、②を暗示している。

没落した農家の担い手の父は、騙されて土地を失い、近くの都市オランのスラムで暮らし始める。独立独歩で気位だけが高い父は、商売で財をなした兄からの援助の申し出を罵詈雑言を浴びせて断る。しかし、都会での低賃金重労働に疲弊すると、息子のユネスを兄に預け、責任感から解放された後は、役に立たない飲んだくれに堕落する。伯父に引き取られたユネスは、夫婦に子供がいないこともあり、フランス人の妻にも可愛がられ、幸せな生涯の軌道に乗る。その中で、大きな影響を与えたのは、伯母の元でピアノの稽古をしていた美少女エミリーとの、相思相愛の出会い。しかし、アルジェリアを植民地とするフランス政府は 治安の維持に過剰に介入し、反乱分子でも何でもない伯父が逮捕される。そして、釈放後は、裏切り者扱いされるのを怖れ、幸せに暮らしているオランでの人生をあきらめ、より平穏で治安警察などいない田舎町に引っ越すことに決める。一方、伯父が逮捕された夜、イギリス軍の爆撃により、ユネスの母と妹は死に、父は南方に姿を消してしまっていたが、釈放された伯父はそのことを正直にユネスに打ち明ける。3人が移り住んだリオ・サラドは、典型的な植民地の町だった。住民の階層は2つに分かれ、“ピエ・ノワール” と呼ばれるヨーロッパからの移民が町を支配し、アラブ人がそれに仕えるという構造だ。ユネスは、純粋なアラブ人だったが、伯父の社会的地位が高く、フランス人の伯母がユネスの “母” のように振る舞ったため、アラビア語名のユネスではなく、フランス語名のジョナスとして、“ピエ・ノワール” に受け入れられる。そして、ユネスの行った自己犠牲的な行為から、3人の “生涯にわたる親友” ができる。この映画の第1部にあたる少年時代は ここで終わる。

ユネス役のイヤド・ボウチ(Iyad Bouchi)に関する資料はない。青い目のフランス国籍のアルジェリア人という狭き門を突破して選ばれただけの存在。ただ、残念ながら、イヤド本人は、はっきり言って演技は下手。と言うか、これほど下手な子役は観たことがない。感情表現は曖昧だし、そのシーンに適した演技をほとんどしていない。

あらすじ

映画の冒頭、海の波と、80歳のユネスの顔が重なり、青年時代のユネスの声で、原作の一節が読まれる。「Un poète disait : si tu arrives à saisir ce que les vagues racontent, tu marcheras sur l'eau. Je n'ai jamais cherché à marcher sur l'eau, et puis, que peuvent bien raconter les vagues? Lorsque l'âge a remplacé le temps, tous les horizons du monde deviennent notre mémoire. Donc, aujourd’hui, l’avenir est derrière moi, et devant il n’y a que le passé」。少し意訳すれば、次のようになるだろうか… 「詩人は言った。『もし君が 波の囁きを捉えられるなら、その上を歩くこともできるだろう〔事態を把握できていれば、時代を乗り越えていける〕』。私は一度も試さなかったが、その時、波は何と囁いていたのだろう? 時が過ぎて老いた今、記憶として残るのは この世界だけ。かつて 将来の希望だったものは、今になれば、過ぎ去りし過去でしかない」。これは、主人公ユネスと、彼が生まれ育ったアルジェリアの運命を、非常に抽象的な形で包括的に述べたもの。ユネスは、偶然に翻弄され、最愛のエミリーとの愛を何としても成就できない。そして、アルジェリアを植民地にして住み込んだフランス人たちは、世界的な脱植民地化の流れの中で “故国” を追われ、“引揚者” としての運命を享受せざるを得ない。苦渋に満ちた世界だ。そして、映画は、ユネスの子供時代、1939年のアルジェリアへと飛ぶ。場所は、アルジェリア第2の都市オラン(Oran)の後背地の平原地帯。一面に実った小麦畑の中を、父に呼ばれた少年が駆ける(1枚目の写真、オープニング・クレジットで、少年役の「Iyad Bouchi」の名前が表示されている)。父は、麦の穂を1本取ると、両手で揉み、手の平を拡げて息子に見せると(2枚目の写真)、「見るがいい。アッラーが讃えておられる」と、豊作を心から喜ぶ。そのあと、2人が1本しかない木の陰で休んでいると、馬に乗った2人の男がやってくる。父と子は、不安そうに目を合わせる(3枚目の写真)。男たちは、何も言わずに立ち去る。

時間の経過は分からないが、ユネスたちの住む家に、無蓋の2人乗り馬車で白衣の老人がやって来る。付き添っている騎馬の2人は、前回 下見に来た2人と同じ。馬車の老人をいち早く見つけたユネスは、「父ちゃん ケイド(caïd)だよ!」と言って、父に教える〔ケイドには、いろいろな意味があるが、この場合は「ボス」のような感じ〕。迎えに出て行った父に対し、ボスは、「アッラーが共にあらんことを」と言うと、「わしは考えた… わが友イッサに会いにいってみようとな」。そして、豊かに実った畑を見て、「素晴らしい眺めじゃな。よく実っとる。収穫はいつじゃ?」と訊く。「1週間です。アッラーのお陰様で」。「種子代としてわしが貸した金は?」(1枚目の写真)。「全てはアッラーの思し召し。1ヶ月以内にお返しします」。「考え直さんか?」。「俺は、決めています。売りません」。「頑固な奴だな。だが、わしも そうじゃ」。こう言うと、ボスは去って行く。このシーンの意味が全く分からない。①父イッサは、ケイドからお金を借りて小麦の種を買って蒔いた。ここまでは確かだ。だが、②収穫し、それを売った代金で種子代を返すというイッサの何が気に食わないのだろう? ③「考え直す」って何を? この重要な部分のみ、なぜか、フランス語の字幕が欠けている。そして、英語、スペイン語、ロシア語の字幕は、どれも同じような内容で、事態の説明にはなっていない。この後の展開からすると、可能性として、(a)土地と家はイッサのもの、(b)種を買うお金がないイッサはケイドから金を借りた、(c)ケイドはかねてから土地を売らないかとイッサにもちかけている、(d)借金を返せない時は、土地を手放す契約になっていた、らしい。そして、夕方になり、松明を手にした騎馬の2人がやってくると、小麦の畑に向かって松明を投げ込む(2枚目の写真、矢印)。小麦畑は一瞬にして火の海と化す。父は、燃え盛る炎の近くまで行き、「アッラーよ、なぜこんな!?」と嘆くが、悪鬼のようなケイドの破壊工作には、なすすべもない。

過日、公証人が兵士を伴ってやってくる。そして、台を用意すると、「字は書けないだろ?」と訊き(1枚目の写真)、ユネスの手を取ると、親指を黒いスタンプ台に押しつけ、書類の2ヶ所に拇印を押させる。そして、「残念ながら、これが法律でな」、と言うので、借金のカタに 土地と家を没収されたことが分かる。土地のない農夫は町で働くしかないので、一家は荷馬車に家財を乗せ、オランに向かう(2枚目の写真)。そして、オランのシンボルともいえる港を見下ろす風景が映る(3枚目の写真)。スペイン時代(1509~1708年)に建てられたサンタ・クルース要塞(1604年)から見下ろした、フランス時代(1830~1962年)のサンタ・クルース礼拝堂(Chapelle de Santa Cruz)の鐘楼の先端に置かれた聖母マリア像(1873年)と、その先に延びる長さ約2.7キロのフィラウセン桟橋(Jetée Filaoussene)だ。この港を1932年に撮影した古写真を4枚目に示す。3枚目の写真と比べると、驚くべきことに、人口60万の大都市でも、港の基本構造は80年前と変わっていないことが分かる。ただ、この位置から少しズレると、現代的なビルが建っているので、昔風に見えるのは街の入らない港の部分のみ。

青年のユネスの解説が入る。「私たちがここに来た時、僕は10歳だった。そこは、他の惑星、他の世界、他の人生だった」。その直後、シェシア〔赤いフェルト帽〕を被った男性が、薬局のショーウィンドウを叩いて主人モハメドを呼び出す場面に変わる(1枚目の写真)。男は、オランのスラム街の家主(?)の一人で、店の前で何事かをモハメドに告げ、そのまま店に招き入れられると、「彼が、あなたの弟さんだとは知りませんでした。全く信じられません」と続ける。モハメドは、店で助手をしていたフランス人の妻マドレーヌに、「弟のイッサが 家族と一緒にオランに来ている」と話す。「本当? 信じられないわ」。「彼がそう言うから。今から確かめに行く」。「ずっと会いたかったわ。どこにいるの?」。家主:「一家に住む場所を世話しました。宮殿とはとても言えませんが…」。モハメドは、「ジェナヌ・ジャト(Jenane Jato)だぞ。何てことだ」と心配する。そこが、スラムだと知っていたからだ。優しいマドレーヌは、「一緒に暮らしましょう」と 夫を送り出す。家主がボロボロの木戸を開けると、中はパティオのようになっていて、周囲に幾つものドアが並んでいる。中は狭い部屋になっていて、それぞれに貧しい家族が住んでいる。イッサが呼ばれて出てくる。そして、兄を見た最初の言葉は、「何でここにいる?」だった。「こっちが訊きたいくらいだ。お前の兄なんだぞ〔Je suis ton frère aîné(年上の)〕! 黙ってやって来て! それもスラムなんかに! 何が起きた?」。「何もかも失った」。「なぜ言わない? 助けてやったのに」。「どうやって? もう終わっちまったんだ! アッラーのご意志だ」。「ウチの土地は誰にも盗めないぞ」。「盗まれちまったんだ!」(2枚目の写真)。この弟は、自分の愚かさについて何の反省もなく、兄に向かって怒鳴るような非礼な人間だ。家主は、イッサの息子と娘をモハメに紹介する。

モハメドが、ユネスに 「私が分かるか?」と訊くと、イッサが食ってかかる。「何で分かる? あんた、この前、いつ帰った? 墓参は8年前だったぞ!」〔故郷で農家を継いだのは弟で、兄は都会に出て成功した〕。「なあ、お前はいつも怒鳴ってばかりだ。お前を助けたい。奥さんと子供たちがいるだろ」。「俺の家族だ!」。「家族同然だろ」。「違う!」。「お前は弟だ。弟の息子は、私の息子同様だ。それとも、この子を靴磨きにさせたいのか?」。「何が言いたい? ユネスは俺の子だ。犬じゃない」(1枚目の写真)。モハメドが、強情な弟のポケットに札束を入れると、「あんたの金など要らん!」と言い、投げ捨てる〔こういう態度を見ると、イッサには全く同情できなくなる。それにしても、こちらの方が弟だとは信じられない〕。怒ったモハメドは、「お前の欠点を知ってるか? 自尊心だ。山のような。お前にはそれしかない」と吐き捨てるように言い、スラムを後にする。その後、イッサはユネスを連れて街に出て行く。すると、「小麦粉を降ろす男が要る。1日4フランだ」という声が聞こえてくる。イッサはさっそくそれに応じ、トラックに乗せられる。ユネスはいきなり一人にされる(3枚目の写真)。

イッサの仕事ぶりが紹介される。最初の “小麦粉降ろし”(1枚目の写真)は、4フランという約束だったのに、もらえたのは2フラン。Inflation Calculatorによれば、「1939年の1ドルは2020年の18.54ドル」になる。また、別のサイトでは、「1929年の1ドルは25フラン」とあり、その後、「1930年代末にはフランの価値が75%下落した」との記述もある。これを組み合わせれば、1939年の1日2フランは、2020年現在の価値に直すと、およそ0.37ドル(≒40円)になる。Inflation Calculatorが正確とは思わないが、1桁違っているとも思えない。1日働いて、たとえ10倍の400円でも生活は苦しい。しかも重労働だ。イッサは、その後、荷車牽き、ハマムの清掃(2枚目の写真)、漁船の手伝い(3枚目の写真)と行うが、何れも賃金は安く、イッサの肉体は極限まで疲弊し、それとともに怒りだけが募る。

一方、ユネスは、苦しむ父を助けようと、スラムに住む子供に きれいな小鳥の捕らえ方を教えてもらう(1枚目の写真)。そして、2人で捕まえた鳥を売ったお金を持ってスラムに戻り、父に 「父ちゃん、見て」と稼いだお金を渡そうとする(2枚目の写真、額面は不明だが10-11枚のコイン)。「何だ?」。「父ちゃんに」。父は 「『何だ?』 と訊いたんだ!」と怒鳴る。ユネスは 籠の中の鳥を見せ、「友だちと一緒に捕まえて 売ったんだ」。ところが、この狂ったような父は、コインを持った手をはねのけ、鳥籠を奪うと(3枚目の写真)、投げ捨てて、「この盗っ人!」と責める。

「盗んでないよ!」。イッサは、一切耳を貸さず、ユネスの襟をつかむと、「俺に恥をかかせたいのか?!」と、別な視点から責める。「お前は、家族を養えないような男が どう呼ばれるか知ってるか? 死人だ!!」(1枚目の写真)。この男は、息子が生活費を稼いできたことで、自分のメンツが潰れたと思い、激怒している。普通なら感謝するところだろうに、“山のような自尊心” が、こうした言動を招いている。あまりの非常識さに、世間体の悪さも加わり、妻が 「やめて!」と止めようとするが、イッサは それを撥ね退け、ユネスを “家” に引きずり込む(2枚目の写真)。そして、もう一度ユネスの手を強く握る。「お前、俺がオシマイだと思ってないか? それが、お前の考えか? 痛いだろ? 俺の胸の中はもっと痛いんだぞ!」。ようやく解放されたユネスを、母は抱きしめて泣く。「我慢するのよ」。真夜中になり、パティオに出て行ったイッサは、「アッラーよ、助けて下さい」と祈る(3枚目の写真)。このイッサの “神頼み” の姿勢は、原作とは全く違う。原作で、イッサはユネスに、「先祖伝来の土地をお前に残してやることはできなかった。そのことは悔やまれる。どれほど悔やんでいるか、お前には想像もつかないだろう」と詫び、これからの生き方について、「倒れたら起き上がる、それが支払うべき代償であって、だからといって誰も恨んではいない。なぜなら、俺は必ずやり遂げる。ああ、約束しよう。この腕一本で山さえ動かしてみせる」と語る(ハヤカワepiブックプラネット)。まるで、別人のようだ。映画の中のイッサは、ただただ不愉快で “死んだ方がマシ” な人間として描かれている。

それから、数週間が経った ある日、イッサはユネスを連れて兄モハメドの薬局を訪れる。数週間と書いたのは、ユネスのシャツが黒ずみ、あちこちが破れ、浮浪児のように見えるため。イッサは、「話し合いたい」と兄に声をかける。「中へ」(1枚目の写真)。「あんたの言う通りだった。俺には養ってやれん。こいつに機会をやってくれ」。そして、ユネスに向かって、「お前を捨てるんじゃないぞ」(2枚目の写真)「お前は、いつだって俺の息子だ」と、これまでの態度とは180度違う “申し訳なさそうな” 顔で言うと、居たたまれなくなって店を飛び出す。モハメドは、サンタ・クルース要塞の麓(ふもと)にある自分の家にユネスを連れて行く。居間でピアノを弾いていたマドレーヌ〔ユネスにとっては伯母〕が、夫に呼ばれ、玄関まで迎えに出てくる(3枚目の写真)〔服がボロボロなのが分かる〕

伯父は妻に、「甥のユネスだ。ここで一緒に暮らす。父親が同意した」と 嬉しそうに話す。伯母も 「本当なの? 可愛い子ね」と喜ぶ。「服を買ってきた。サイズが合うといいんだが」。「この子の眼、見た?」。「私の父、そっくりだ」〔ベルベル人の遺伝子が入っている。ベルベル人に青い目の人がいるのは、紀元5世紀のヴァンダル王国の侵略のせいだと考えられている〕。伯母は、汚れたユネスの顔を見て、「さあ、お風呂の時間よ、ジョナス」と、フランス語風に発音する。「僕はユネスだよ」。お手伝いの女性が 薪で湯を沸かし、伯父がユネスを洗ってきれいにする(1枚目の写真)〔バスタブ(浴槽)は存在しないのか?〕。ユネスは、伯父が買ったセーラー服を着ると、別人のようになる(2枚目の写真)。伯父は、「こんな服を着ていても、自分の祖先のことを忘れないように」と注意する。夜になり、ベッドに寝かされたユネスは、伯母に 「僕、これから ずっとここに住むの?」と尋ねる。「そうよ。今から、ここがあなたの家よ。明日、学校で手続きをしましょう」。「妹は、いつ来るの?」(3枚目の写真)。伯母はこれには答えず、「カーテンを閉めましょうね、きっとよく眠れるわ」と言葉を濁す。

翌日、居間のピアノに可愛い女の子が向かい、伯母から指導を受けている(1枚目の写真)。すると、伯父が 「庭師に何て言えばいい?」と呼んだので、伯母は出て行き、少女は1人になる。その時、ユネスが 別のドアから入って来て、少女をじっと見ている(2枚目の写真)。それに気付いた少女は 「今日は」は声をかける。ユネスは、何も言わずに少女のそばに寄って行く。少女は練習を止め、「私、エミリーよ。あなたは? ここに住んでいるの? マドレーヌさんは、あなたのママ? 私、ここに引っ越して来たばかりよ。パパと一緒に住んでるわ」と、立て続けに話しかける。それでもユネスが黙っているので、「なぜ黙ってるの?」と訊く。ピアノの音が途絶えたので、部屋に戻って来た伯母が、「恥ずかしがり屋なの。ジョナスよ」と教える。「いい名前ね」(3枚目の写真)。伯母:「いらっしゃい。お菓子を用意するわ」。エミリーが出ていくと、ユネスは 「ジョナスか」と、まんざらでもない顔でつぶやく(4枚目の写真)。エミリーは 「いらっしゃいよ」と呼び、ユネスがドアまで来ると、仲良く手を握る。2人は、もう友達になっている。港を見下ろすテラスに出た2人。エミリーが、「ここ、きれいね」と言うと、ユネスが初めて口をきく。「僕、大人になったら船長になるんだ」。

マドレース伯母さんの導きで、私は、フランスという、“知らなかった世界” を発見した。彼女は、徐々に そして 優しく、私を変えていった。妹のザハラから1キロと離れていないだけなのに、私はこうして “鏡” を通り抜けた〔別の世界の人間になった〕」。そして、次の画面。裕福な家庭の子供達が通う学校から、生徒が一斉に出てくる。待っていた伯母がユネスを優しく抱きしめてキスをする(1枚目の写真)。実に幸せな少年だ。恐らく別の日、伯父が帰宅すると、待っていた伯母が、「あの子、悩んでるみたい。話してやって?」と頼む。伯父が、「学校で何があった? 話してご覧。私は、君の父親のようなものだ」と尋ねると、宿題をしていたユネスは、「クラスの誰かが、アラブ人は怠け者だと言ったよ。それ本当?」と訊く。「フランス人なら そう考えるだろう。アラブ人は時間に悠長だからな。分からないかもしれんが… 彼らにとって、時は金なんだ」(2枚目の写真)「我々にとって、自由が代え難いのと同じように」。これだけ言うと、伯父はユネスを書斎に連れて行く。そこには、ララ・ファトマ(Lalla Fatma)の写真が飾ってあり、伯父は、1854~57年にかけてフランスに抵抗した “戦う女性” を、ユネスの曽祖伯母として紹介し、「君の父さんは、ララ・ファトマの気概を持っている。誇りに思いなさい」と、あれほど世話を焼かせた弟を褒める。ユネスは、暖炉の上に飾ってあった写真にも目を留める。「あの人は?」。「偉大な方だ」(3枚目の写真)「メッサリ・ハジ。覚えておきなさい。将来、アルジェリアに尊厳を取り戻して下さる方だ」〔この時点では、まだ1939年。メッサリ・ハジは、1927年に、アルジェリアの独立を主張した人物で、1937年3月 11 日にはアルジェリア人民党(PPA)を設立し、初代党首になった。映画を観ていると、あまりピンと来ないが、この頃、世界は大きく動いていた。1939年9月 1 日にヒットラーがポーランドに侵攻し、第二次世界大戦が始まる〕。伯母は、「あなたの伯父さんは勇敢だけど、ちょっと理想主義者なの」と付け加える〔この時点で、この写真を持っていると、危険分子とみなされる恐れがある〕

ユネスは、セーラー服姿で伯父の家を出ると スラムに向かう。木の大きな扉をドンドン叩いて開けてもらい、中に入ると、その清潔で端麗な服装に、奥さん達が集まってくる(1枚目の写真)。母は、走ってきて抱き締めると、すぐに自分の “家” に連れて行き、「いなくなって寂しかった」と涙を流す。母が、調理に戻ると、ユネスは妹のところに行き、伯父の家から持ってきた人形をプレゼントする。そして、母に 「父ちゃんは?」と訊く(2枚目の写真、矢印は人形)。母は、それに答えず、「伯父さんのうちに お行き。父さんは夜遅くしか帰らない。ここに、あんたの居場所はないの」(3枚目の写真)「さあ出ておいき。振り返るんじゃないよ」と、追い出すように去らせる。

いつの間にか暗くなった路地を歩いていると、目の前で、一人の男が、「出て行きやがれ! 二度と来るな!」と、酒場から追い出され(1枚目の写真、矢印は男の頭)、そのまま路面に這いつくばる。店員は、男に向かって 「飲みたきゃ、金を払え。失せろ、酔っ払い」と侮辱の言葉を並べる(2枚目の写真)。しかし、それは、ユネスの父の成れの果ての姿だった。ショックを受けたユネスは、降りしきる雨の中、走って逃げ出す。伯父の家に戻ったユネスは。ずぶ濡れになったことと、敗残者としての父を見たことで熱を出し、ベッドに伏せる。伯母は 「どうしたの? お熱が38度もある! いったいどこに行ったの? こんな雨の中を?」と訊くが、ユネスは何も言おうとしない(3枚目の写真)。

ある日、ユネスがベランダから港を見ていると、ピアノの音が聞こえてくる。ユネスが階段を降りてきて、腰を下ろして聴き入っていると、伯母が隣に座って囁く。「彼女、あなたのために練習してるの。本当よ。さあ、会ってらっしゃい」と プッシュする(1枚目の写真)。ユネスは居間に入って行き、エミリーと目が合うと、窓まで行き、手を伸ばしてバラのつぼみを一輪摘む(2枚目の写真)。そして、そのつぼみを、エミリーのバッグの中のノートに挟む(3枚目の写真)〔このバラが重要〕。エミリーは、部屋の鏡でユネスが何をしているか ずっと見ている。

それが終わると、ユネスは、テーブルの脇に立って演奏の終わるのを待つ(1枚目の写真、矢印はエミリーのバッグ)。演奏が終わると、エミリーは、「気に入った?」と訊く。「とっても」。そして、バラのノートをバッグに入れると、「あなたのこと好きよ。お友だちよね」と言い(2枚目の写真)、頬にキスする(3枚目の写真)。

映画では時間の経過を感じさせないが、実際には翌1940年の7月3日。因みに、ナチスによるフランス侵攻でパリが陥落したのは、その3週間弱前の6月14日。独仏休戦協定の締結は6月22日。オランのフランス系住民の間に動揺が拡がってもいいと思うのだが、そうした情景は一切描かれない。その日、伯父の薬局に、フランス系の警官が多数押しかけ、伯父に手錠をかけて連行する(1枚目の写真、矢印は手錠)。警察は、伯父の家にも捜査に入り、ひどい調べ方のため、部屋中が荒らされる。捜査そのものには大した意味はないが、その中で、刑事の1人が、伯母に、「フランス女性が、アラブ人と結婚するとは異例ですな」と言うので、このカップルがかなり稀な存在だと分かる。また、直接証拠は何も発見できなかったが、メッサリ・ハジの写真が飾ってあったことで、間接的な証拠となった。その最中に、大きな爆撃の音がする。全員がテラスに出ると、岬の向こう側にあるメルセルケビール(Mers-el-Kébir)軍港が爆撃されるのが見える(2枚目の写真)。これが、7月3日に行われた イギリス空軍によるフランス艦隊の爆撃。ドイツに降伏したフランス艦隊が、ドイツ海軍に編入されるのを阻止するための作戦だ。その夜、伯母は二重の意味の不安でラジオ放送を聴いている。「フランス艦が沈没し、多くの兵士が死にました」(死者1,295名)。それを聴いたユネスは、「エミリーの父さんによれば、港の近くで多くの人〔兵士以外〕が死んだんだって」と、港近くのスラムにいる家族のことを心配する。その時、門のところにスラムの家主が来たのを ユネスがいち早く見つける。さっそく伯母が出て行く。そこで、聞かされたのは、爆撃でユネスの母と妹が死亡したこと。家主が回収できたものは、血まみれになった妹の人形〔ユネスがプレゼントしたもの〕だけだった。伯母が 「ユネスのお父さんは?」と訊くと、惨劇を知った父親は 南の砂漠に向かったらしいという目撃情報だけ〔以来、父親は行方知れず〕

伯父は、釈放されたものの、悩みは大きい。「私が釈放されたのは、“友人を裏切った” と思わせるためなんだ。私の名誉は地に落ちた。密告者にされてしまった。何も言わなかったのに」「何もかも売ろう。もうオランには居られない」(1枚目の写真)「家も、店も売る」。伯母は 「何をバカな」と抵抗するが、「お終(しま)いだ」の言葉に、それ以上何も言えなくなる。伯父は、さらに、オランを出て行くことをユネスに納得させるため、「ここにおいで」と呼び寄せ(2枚目の写真)、「勇敢になれ。君のお母さんと妹さんは…」と耳元で囁き、悲しみにくれるユネスを抱き締める。次の場面では、伯父の家の前に梱包用の木箱や網籠が置かれ、トラックに積み込まれている。ピアノの先生だったマドレーヌに別れを告げたエミリーは、悲しそうに立っているユネスのそばに寄って行き、「どこに行くの?」と尋ねる。「遠くじゃない。リオ・サラドだよ」(3枚目の写真)〔Rio Salado/現在名エル・マラー/オランの南西約50キロ〕。「行っちゃうってことは、私を愛してないのね」。そして、ユネスの涙を見て、「泣かないで」と手を握る。しかし、ユネスが、「だから、泣いてるんじゃない」と否定して、握った手を撥ね退けたので、気分を害したエミリーは出て行ってしまう。伯父の一家を乗せた車と、引っ越し荷物を載せたトラックは一路リオ・サラドに向かう(4枚目の写真)。

ここから、映画の舞台は、リオ・サラドに映る。それは、ユネスが大人になるまで変わらない。リオ・サラドの最初のシーンは、ユネスが、広場に面した伯父の店舗兼住宅の2階窓から 広場を見ている場面。「私は、リオ・サラドが好きだった。伯父が言った通り、そこは田舎だった。私は、土の匂いのする生活に戻れて幸せだった」。この表現の後半は、原作のリオ・サラドの紹介と印象が異なる。「そこは、緑に溢れた通りに贅沢な家々が並ぶ植民地風の町だった。広場は、花輪とランタンで繋がれた豪華すぎるヤシの木で囲まれ、町役場から広がる扇状の舗石が見事で、舞踏会や一流の音楽隊のパレードが行われたりしていた」。これは、ユネスが見ている広場の光景に近い(1枚目の写真)。「ほとんどの住民はスペイン系だったが、ユダヤ人やアラブ人もいた。私は、自分が何なのか分からなくなった」。アルジェリアの社会科学誌『Insaniyat(إنسانيات)』に掲載された『「昼が夜に負うもの」における、ヤスミナ・カドラの空間的、主体的表現』という論文によれば、リオ・サラドを、「特権階級だけが招かれる閉ざされた社会。貧困と放蕩に運命付けられたアルジェリアの都市が持っていた未来像の象徴とも言えるジェナヌ・ジャト〔オランのスラム〕とは正反対の存在。リオ・サラドは “ピエ・ノワール(Pied-Noir)” の成功で活況を呈していたアルジェアの実態そのもの」と表現している。そして、ユネスの先の言葉、「私は、リオ・サラドが好きだった」を、植民地の存在を正当化するものとみなす。ユネスは、アルジェリア人でありながら、“ピエ・ノワール”、すなわち、ヨーロッパから渡って来て定住した植民者の一員になったつもりでいたのだ。伯父の薬局には、町一番の大金持ちの農園主が歓迎に訪れる。その時、顔を見せたユネスを見た農園主から 「息子さんですか?」と訊かれ(2枚目の写真)、伯母は 「ええ、ジョナスと言います」と嘘をつく。「幾つかな?」。ユネス:「10歳」。「イザベルと同じだ」。農園主は、近くにいた娘のイザベルを呼び、「新しく来た子だ。案内してあげなさい」と言いつける。イザベルは、ユネスを連れて行き、入れ替わりに、町長が挨拶に来る。2人が去った後、伯父は、妻が “息子” と嘘を付いたことを責める。一方、イザベルは、同級生の男の子3人がおはじきで遊んでいる場に通りかかると、ジョナスとして紹介する(3枚目の写真)。生涯の友となる3人だ。左から、シモン、ジャン=クリストフ、ファブリス。シモンは将来女性服の店を経営し、エミリーと結婚する。ジャン=クリストフは軍人になり、イザベルと結婚する。ファブリスは新聞記者となる。

そのあと、ユネスは、イザベルの家の広大な庭園に連れて行かれる。日覆いの下に設けられたテーブルに座ると、イザベルは、横で寝ている老人のことを、「あれ、お祖父ちゃんよ。私、大好きなんだけど、食べて眠るだけなの」と紹介し(1枚目の写真)、ユネスに 「ケーキ食べる?」と勧める(2枚目の写真)。ケーキという言葉に 祖父が欲しいと言い出したので、イザベルが席を立つ。その隙に寄って来たアラブ人の召使は、「お前は見せかけてるが、すぐに分かったぞ。なんでフランス人の真似してる」(3枚目の写真)「お嬢さんは知ってるのか? この嘘つきめ」と誹謗して去って行く。

そして、小学校。学校の入口で会ったイザベルは 「会えて良かった」とすごく優しい(1枚目の写真)。教室に入ると、教師が順番に名前(姓-名の順)を呼び、出席を確かめる。「マヒディン・ユネス」。ユネスは、手を上げて 「ジョナスです」と訂正する(2枚目の写真、矢印はジャン=クリストフ)。前の席に座った仲間のシモンとファブリスが、振り返ってジャン=クリストフを見る(3枚目の写真)。「何だ、アラブ人なのか」という感じだ。

この学校は、教室だけでなく、休憩中の遊び場も男女を分けている。最初の休み時間の時、ジャン=クリストフはイザベルをフェンスまで呼び、「彼、自分ではジョナスと言ってるが、本当はユネスだぞ」(1枚目の写真)「それでも奴を 家に招くのか?」と、正体をバラす。イザベルは、すぐ、ユネスを呼ぶ。そして、「嘘つき。この、ひどい嘘つき!」と非難する。「どうして?」。「もしかして、ユネスなんじゃないの? なぜ ジョナスなんて言ったの?」。「同じだよ」(2枚目の写真)。「違うわ! 私はルシリオ〔スペイン系〕よ。アラブ人なんか好きになれない! 聞こえた?! この アラブ人!」(3枚目の写真)。

がっくりしたユネスに、今度は ジャン=クリストフが声をかける。「おい、お前! 嘘は悪いことだぞ」(1枚目の写真)。ユネスは、ジャン=クリストフの胸を押して遠ざける。「ほっといてくれ」。ジャン=クリストフは、当然、放っておいてくれない。「何様だと思ってるんだ? 謝れ! でないと、ぶん殴るぞ!」(2枚目の写真)。そして、いきなり 強烈な頭突き。ユネスは痛くて顔を押さえる。ユネスはジャン=クリストフにつかみかかるが、地面に押し倒されて顔を殴られて終わり(3枚目の写真)。

教室に戻ったユネスを見て、教師は、「1分あげる。誰がやったのか言いなさい」と命じる。ユネスは 「転びました」と答える。教師は、誰かを庇っていることを知っていながら、「君は私をバカにした。罰を受けるに値する」と言い、棒でユネスの掌を何度も叩く(1枚目の写真)〔アラブ人が、“ピエ・ノワール” の学校に来ていることに対する制裁?〕。叩き終わった後で、この教師は、「このクラスで、1人でも根性のある生徒がいるのを見られて嬉しい」とユネスを褒めるが、観ていて どうもすっきりしない。帰宅したユネスが、自転車で出かけようとしていると、3人組が店の向かい側のベンチのところで じっと見ている(2枚目の写真)。まるで、ユネスが出てくるのを待っていたかのように(3枚目の写真)。

ユネスは恐る恐る自転車を漕ぎ始めるが、3人組が追ってくるのを見て、必死に逃げる。一旦は撒(ま)いたと思ったが、現地に詳しい3人組の方が上手で、海に近い崖のところで行く手を阻まれる。しかし、近づいてきたジャン=クリストフは、「怖がらなくていい。話したいだけだ」とユネスを安心させる(1・2枚目の写真)。「パオリ先生の 痛かったろ。これからは お前は僕の友だちだ」と手を差し出す(3枚目の写真)〔ユネスが ジャン=クリストフに殴られたことを黙っていたから〕。ユネスは、その手をしっかりと握る。ジャン=クリストフ:「いつまでも友だちだ」。ユネス:「いつまでも」。シモンが、「大事なことがある…」と言い出す。ファブリスも、「君が仲間になる前に…」と続ける。それを受けて、ジャン=クリストフが、「そうだ。試験に通らないと」。シモンとファブリス:「難しいぞ」。ユネスは、試験を受けることに合意する。

試験とは、どれだけ長く潜っていられるかを競うもの。4人は水着に着替えて海に入る(1枚目の写真)。そして、一斉に水に潜り、中から飛び出た時には、全員が青年に変わっていた(2枚目の写真)。時代は、1953年夏。ユネス達は23歳になっている。3枚目の写真は、青年役と少年役が、それぞれペアになって並んでいるところ。左から、ユネス、シモン、ファブリス、ジャン=クリストフ。

その後の展開のポイントとなる場面だけ、3枚ずつ2回に分けて紹介しよう。かつてユネスが好きだったエミリーが、母の葡萄園があるリオ・サラドに戻ってくる。2人は、相手が誰か一目でピンとくる(1枚目の写真)。しかし、ユネスは、この重要な出会いの前に、非常に愚かなことをしていた。それは、海辺で出会った水着姿の女性に惹かれ、その女性の家に行き、性行為をしてしまっていた。しかも、それを召使が察知して、“アラブ人が奥様に何ということを” を憤慨していた。ところが、この女性こそ、エミリーの母だった。エミリーは、ユネスとその3人の友達を母の家に招くが、その時、ユネスに再会した母は、危機感を覚える。そして、娘のエミリーがユネスを真剣に愛していることを知ると、ユネスを教会に連れて行き、「あなたは、母親とその娘の両方と寝ることはできません。それは、近親相姦、不道徳の極み、信じられない卑猥な行為。とても受け入れられません。娘に絶対触れないと誓って下さい」と懇願する(2枚目の写真)。ユネスは誓う。そのため、どれほどエミリーがアタックしても、ユネスはそれに応えようとしない。ユネスは、エミリーの希望を断ち切るよう、アルジェ大学に入り、薬剤師としての道を目指す。しかし、ある日、伯父がイスから落ちて昏睡状態になったとの知らせを受け、急きょリオ・サラドに戻る。ところで、3人の友達の1人、シモンは、一目見た時からエミリーに惚れていた。そこで、“自分はエミリーに愛されてはいない、エミリーが愛しているのはユネスだ” ということを承知の上で、ユネスも招いた仲間同士の食事の席で、エミリーと結婚することになったと宣言する(3枚目の写真、エミリーが見ているのはユネス)。ユネスの伯父が死んだ日は 1954年11月1日。ユネスは1年ほどしかアルジェにいなかったことになる。そして、奇しくもこの日は、アルジェリア民族解放戦線(FLN)が一斉蜂起した日でもあった。

ここまでの時間的経過はゆっくりだったが、その後は、急に進み、いつしか時は1961年(?)に。リオ・サラドにいた “ピエ・ノワール” は、車列をなして町から脱出して行く。そして、シモンとエミリーの夫婦だが、シモンが撃たれて死んでしまう。しかし、エミリーはユネスが夫に近寄るのに反対し、昔ユネスと “奥様” のセックスを察知した召使が、銃を向けて阻止する(1枚目の写真)。シモンの葬儀にも、召使が邪魔をして、ユネスを墓地に近づかせない。ここで、「アルジェリア人のアルジェリアは涙と血の中から生まれた。フランス人のアルジェリアは最後の息を引き取った。7年にわたる戦争と恐怖の後…」という言葉が流れるので、これが1961年であると確認できる。そして、ようやくキャプションが入る。1962年7月。リオ・サラドに、アルジェリアの国旗をかざした軍隊が入ってくる。最後まで残っていた “ピエ・ノワール” は、出国を前提にフランスの保護地域に集められている。ユネスは、エミリーと一緒に暮らそうと心を決め、会いに行く。しかし、ユネスの、「僕は君にすべてを捧げる」という言葉にも、エミリーは 「この国は、私からすべてを奪い取った」「終わったのよ、ユネス」と相手にしない。「終わったって、何が?」。「本当には始まらなかった何か」〔シモンに対する “心こころあらずの結婚” を指す〕。そして、エミリーは、シモンとの間に生まれた男の子の手を引いて、ユネスと決別し フランスに行く(2枚目の写真)〔母国ではないので、帰国とは言えない〕。最後のシーン。「オラン、2010年」と表示される。白髪となった老齢のユネスが、エミリーの息子からの電話を受けてマルセイユ空港に飛ぶ。息子は、ユネスをエミリーの墓に連れて行く。ユネスは、そこで、1通の手紙を渡される。ユネスが封を開くと、中には、かつて子供時代に、ユネスが摘んだバラの蕾が紙に挟まれていた(3枚目の写真)。エミリーは、それほど強く深くユネスを愛していたのだ。ユネスは、乾燥した花を墓石の上に置くと、紙を拡げる。そこには、別れて以来、ユネスとの接触を絶ち、手紙に返事も寄こさなかったエミリーの “赦しを乞う言葉” が書かれていた。その最後には、「あなたは、私にとって、唯一無二の恋人でした」と書かれている。ユネスとエミリーは、互いに最も大切な人を拒絶し、人生を狂わせてしまったことになる。

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